タントラ瞑想

タントラ瞑想

●タントラとは

ヴィギャン・バイラヴ・タントラ (「意識を超越する技法」といった意味)というヒンドゥー教の聖典があります。

五千年前に、シヴァが恋人のデヴィに112種類のの瞑想のやり方を教えたものものだそうです。

五感や呼吸、想像力を使って、瞑想(=気づき)をもたらす方法が、述べられています。 なかには、生命エネルギーの根源である性エネルギーを使った瞑想もあります。

チベットのタントラ仏教の師であるチョギャム・トゥルンパは、

人間の存在の中にあるあらゆるものは、そのまま受け入れられて、すべては肥やしとなるものである

と語っています。

セックスや体の感覚、フィーリングや感情などあらゆるものを否定せずに、全てを受け入れ超越するのがタントラの瞑想です。

タントラとはもともとは、ヒンドゥー教、チベット仏教、ジャイナ教の色々な宗派に属する人々に受け継がれて発展してきた教えです。 それはセックスをも含むあらゆるものを神聖として、あらゆる瞬間を自由への媒介手段として用いることを意味しています。

ヨーガは戦いの道だとすれば、タントラは愛と明け渡しの道だと言えます。

多くの宗教は自我を否定し、物欲や性欲を否定し、全ての現象を否定することで、それらを超えた何かを得ようとします。

タントラは人間の本性をコントロールしたり、抑圧したりせずに、全てを受け入れ肯定します。 そうすることによって、必要のないものは自然に解消し、必要なものは自然により大きく成長していきます。 受け入れたものは解消し、また受け入れたものが本物であったら、それは成長していくのです。

 ●タントラ瞑想のやり方

努力することなく ゆったりと自然でいることによって ひとはくびきを壊して かくして解脱を得る

と、古代インドのタントラマスターのティロパは、弟子のナロパに語っているのが、マハムードラの詩として残されています。

その方脈が、マルパ、ミラレパと言う形で続き、チベットでのタントラ密教の流れがつくられました。

リラックスして、コントロールを手放し、エネルギーに受容的になると言うのが、タントラの原理です。

内側を空っぽにして、自分自身を開け放ち、自然や聖なるものに対して受容的になると、無限のエネルギーの通路になることができます。

ティロパは、弟子のナロパに、そのための手法を授けました。

くつろいだ状態で立って、自分は中空の竹であると想像します。 まるで中空の竹ように、自分は空っぽの器であり、受容的で、受動的だと感じます。

そして、そよ風になびく竹のように、自分の体がゆっくりと揺れたりすることを許します。 強い風が吹いても、揺れたりなびいたりして、竹の柔軟性を感じます。

自分の心を脇において、体の中のごく微妙なエネルギーが自分に語りかけるの許すのです。

エネルギーが滝のように溢れ出すのを感じたり、内なる虚空が自分を取り巻くもっと大きな虚空と混じり合うように感じるかもしれません。

恋人たちがひとつに混じり合って溶け合うように「全体」と溶け合い、「マハームドラー」という究極のオルガスムを経験します。

タントラライフのラーダは、この瞑想から、恋人たちの瞑想を創り出しました。

パートナーが穏やかな風になって、さまざまな方向から、中空の竹になったもう一方のパートナーに穏やかに触れたり、押したりします。

竹になったパートナーは、竹であることを楽しみ、そよ風に応えます。 2人ともゆったりと、ただ自然でいることです。

●タントラ瞑想の効果

すべてを受け容れるタントラの瞑想を続けていくと、人はゆっくりとこの宇宙に、存在に対して開いていきます。

同時にゆっくりと全体にチューニングが合っていきます。

身体はゆったりとして、振る舞いも自然になってきます。

やがて存在と波長が合い、自身を失い、一つの空の器にるときが訪れます。

すると、存在という大海の一つの波として、溶けていきます。

ある日、自分がいないのを感じて、ただエネルギーが、宇宙と脈動しているだけなのを感じるのです。

活き活きしたエネルギーが目覚めて、意識が変容します。

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