ソーシャル・メディテーション

・ ソーシャル・メディテーションとは?

ひとりで目をつぶってするものが瞑想であると多くの人は考えています。しかし、瞑想が気づきを拡げるための方法だとしたら、人生のあらゆる活動に対して、気づいていることで、それは瞑想になります。

例えば、煙草を吸うことも、できるだけそれをゆっくりと行い、煙草を箱から取り出し、口に加え、煙を吸い込むプロセスに気づいていることができたら、それは瞑想になります。

話すことも、耳を傾けることも、歩くことも、すべて気づきを持って行えれば、それは瞑想です。

ただし、まだ気づきが育っていない初めのうちは、瞑想の時間を区切り、他の人に邪魔されない環境で、自分の行いに気づくことが助けになります。

同じように、目を開けていると意識が散漫になりやすいので、目を閉じて、座り、なるべく身体を動かさないほうが、内側で起こっている感覚や思考や感情に気づきやすいので、最初うちは、いわゆる瞑想の姿勢で、内側を見守ることがお薦めです。

まだ育っていない作物を守るために、ビニールハウスのなかで管理するように、ある決まった事柄に焦点を当てて気づく方法は、安全に気づきを成長させます。

ここで紹介するソーシャル・メディテーションという方法は、何人かの人間で行い、その関係のなかで起こる内側での出来事に気づくようにデザインされています。
これはひとりではできない珍しい瞑想です。

ソーシャルメディアテーションのソーシャルと言うのは、ソーシャルダンスのソーシャルのことで、あえて日本語訳すれば、社交瞑想といえます。

これはビレッシュ・ユソン・サンチェスというニューヨーク生まれのフィリピン系アメリカ人のセラピストが作った瞑想法です。

彼はインドの神秘家OSHOに特別に愛され、指導されたことで有名な人で、1,960年代のヒューマンポテンシャルムーブメント(人間性回復運動)の流れを受け継ぎ、オランダにヒューマニバーシティーという成長センターを築き、ヨーロッパでは多くの人たちがそこに訪れ、瞑想とセラピーを融合させた独自のワークを開発しました。

なかでも、ビレッシュが世界にもたらした最も大きな贈り物は、7つのソーシャルメディテーションです。

40年以上のセラピーワークの集大成として、作り出されたAUM瞑想 アウェアネス・アンダスタンディング・メディテ-ション(気づきと理解の瞑想・通称“AUM)は、北欧諸国の地方公共団体で、健全な精神を維持するために役立つとされ、奨励されています。

AUM瞑想は、人間の主要な13の感情の扉を一つずつ意識的に開き、その感情を疑似体験し、溺れることなく自分の選択でニュートラルなセンターに戻り、開けた窓を閉め、また違う感情の窓を開け、センターに戻り窓を閉めるということを行います。

否定的な方向に偏りがちで、その状態で停滞する傾向があるエネルギーは、その感情を抑圧することなく 、逆に健全に表現することによって、まるで車のギアを入れ替えるように、肯定的な感情に躊躇せずシフトすることが可能です。

その他、ラブ瞑想、ダンス瞑想、フレンドシップ瞑想、ピース瞑想、聖なる地球の瞑想、サマサティ瞑想(死の瞑想)などのソーシャル・メディテーションは、すべて他の人間を鏡にすることで、自分自身を知る上でのより深い気づきを得るために作られています。

そして、瞑想という文脈の中で、よりよい世界を創造できるやり方で、どのようにしたら人と関わることができるかについて、より深い理解を育むことができます。 

ソーシャル・メディテーションは、他の瞑想者たちと向き合い、エネルギーを分かち合って、お互いをサポートしあいます。

一般的に、瞑想とは、目を閉じ、自分自身の内なるセンターへの気づきを深めるものですが、ソ-シャル・メディテーションでは、瞑想中に目を開け、言葉を発し、感情を表現し、行為を表します。

そのプロセスは、日常生活が瞑想になりえるという一瞥を垣間見せるものです。

それを、瞑想の完成としての禅の「十牛図」の最後の絵、瞑想者が酒瓶を片手に居酒屋に出かけ、友達と楽しく時を過ごし、彼らと人生を分かち合う質に例えことができます。

それは、多くの私たちにとって、独りで沈黙の中に座っているよりも、さらに進んだチャレンジになます。

光明を待つのをやめ、今の瞬間を満ち足りたすべてに変容するテクニックを、ソーシャル・メディテーションから学ぶことができます。

創始者のビレッシュはこう言います。
人々と出会うことは、自分自身を発見することと同じくらい大切なことです。私は、ほかの人々と共にあることを通して自分自身を発見するのが好きです。」と。

・ ソーシャル・ディクテーションのやり方

それぞれソーシャル・メディテーションには専用の音楽があります。それは現代的なダンス・ミュージックで、2013年に74歳で亡くなったビレッシュの声でのラップが重なります。

例えば、ピース瞑想では、最初に対面した誰かと「自分は正しい。お前は間違っている。」とののしりあいます。

本気で感情を込めてすればするほど、次のステージでの「もう戦争は止めよう」とお互いに言い合うステージが真剣なものになります。

内側の平和につながるために、まず誰の中にもある「自分は正しい。お前は間違っている」という意識につながるのです。

それは痛みに満ちた経験ですが、否定的な感情や態度を否定せずに、意識の光の上にさらします。

またこれはフロイトの精神分析や、交流分析、アドラー心理学、ライヒのボディ・ワークなどを深く学んできたビレッシュの洞察に基づいてデザインされています。

戦いの感情の下には、平和を希求している人間的な部分も必ずあります。そこにつながれば、人びとは自然に涙を流し、抱き合います。

ビレッシュは言います。
「人との感情的なふれあいの中でもっとも大きなものは、触れることです。近頃では、科学者がそれについて論文も発表しています。言葉で感情を表現することもできますが、相手に触れる方が10倍も強力です。」と。

ソーシャル・メディテーションで触れ合うときは、独自のハグの仕方を教わり、身体全体を使っての真摯な触れ合いをします。

それは単に挨拶のようなハグではなく、心の底から親密感を感じれるハグです。

ハグをして、自分が他の人々に溶けることを許し、愛と思いやりを受け取り、同時にそれを与えていることに気づきます。

これは、人々と出会い、人びとを感じるための、即効性のある、実践的な方法です。

すべてのソーシャル・メディテーションは、ネガティブな感情のエネルギーが自分の内側にあることに気づき、そしてまたポシティブなエネルギーもあることにも気づけるように組み立てられています。

ソーシャルメディテーションとは、相手を通して自分が誰かということを学ぶためのものなのです。

ビレッシュは言います。
私たちの現代社会では、ひとり自分だけでいるということはあまりありません。たいていの場合、何らかのやり方でお互いに関係しあっています。

それは、テレビであったり、人であったり、犬であったり、物であったりします。あなたは、この社会の構成要素 ―たとえばクラブミュージックのような― を使わなければなりません。瞑想は現代的である必要があるからです。

インドでは、ただ独り木の下に座り、瞑想することもできます。
現代社会では、人々は出会いたいと願っています。
ソーシャルメディテーションは、人々が持っている触れ合うことへの必要を満たす、すばらしい方法です。

彼らはその後、もしかするとデートをするかもしれません。
そうすれば、ソーシャルメディテーションが生き方そのものとなっていきます。

・ ソーシャル・メディテーションの効果

ビレッシュが創設した成長センター・ヒューマにバーシティは1978年に設立され、 2007年には依存症解決セラピストの養成機関として、オランダ政府から正式に認知されています。

ビレッシュ自身がかって薬物の依存症だった過去があり、有名な依存症回施設のフェニックス・ハウスの回復者セラピストとして、ロンドンに同施設を開設するためイギリス厚生省に招かれ渡英、1975年には、アディクション(依存症)・セラピー・スペシャリストのトレ-ニング・プログラム開設指導のためオランダ厚生省に招聘された経歴を持っています。

孤独で触れ合いのない家族関係や人間関係の中で、薬物、アルコ-ル中毒、過食等の依存症や、様々な心身の病は発生します。

現代人が抱える問題の主な理由は、分離と感情的孤立にあるとヒューマにバーシティでは考えられ、愛と友情は、ヒーリング・プロセスの重要なプロセスであり、真摯な友情は、社会において人が到達することのできる、もっとも高いゴールだとされています。

ヨーロッパの多くの人から「友情の大学」と呼ばれているヒューマにバーシティで発展したソーシャル・メディテーションの最大の効果は、自分自身との間に、そして他者との間に、友愛に満ちたつながりが生まれることです。

もう一度、心の底から触れ合える人間関係を創り出し、友愛という本質につながることで、多くの病は癒やされます。

それはまた、
「すべての人間は神聖であり、愛と気づき、責任を通して、この生を生きる中で完全に自分自身を知ることができるというOSHOの「ブッダの心理学」を体験的に理解することだ。」
とビレッシュは語ります。

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